まとめて映画感想とDMM半額キャンペーン

0時48分

最近文芸坐で観たやつ

 

忍ぶ川  (1972年)

自分の人生に常に死を思い描きながら生きてきた男と、望まない婚約と死を間近に迎えた父親の間で揺らぐ女性とが出会って…的な話。

主人公とヒロインの人生に背負う影と閉塞感が2人の出会い、そして結婚によって克服され、謂わば2人が新たな人生、生まれ変わりを迎えるというストーリー。

古い東京風情を残した70年代の深川近辺のロケが素晴らしい。

それにしても主人公のキャラクターがキモい。ヒロインと一緒にいてもニコリともしない、自分から話しださない、何か言われても「そうかい」「ああ」しか言わない。生い立ち上ふさぎ込んだ性格になってしまったという設定なのだとしても、典型的なムッツリ童貞野郎である。その割にはヒロインを「僕はどうだい(キモい)」みたいなノリで口説きに行く積極性はある。

それにしても120分が異様に長く感じた。婚約者の件で主人公がヒロインを疑うパートとか、新婚初夜とかあんなねっちり描く必要があったのだろうか。痴話喧嘩パートなんて主人公のナチュラルな童貞セクハラ発言でキモさが倍増していたし。

 

サンダカン八番娼館 望郷  (1974年)

大地の子守歌」系の"やりすぎなまでに過酷な登場人物の運命に観客が置き去りにされる"タイプの映画かと思いきや、登場人物の半生を通して真摯に日本の戦中戦後史を見つめ直す映画だった。若いころのおサキさん綺麗でいいね。

なにか衝撃を受けるたびに管弦楽器音が「ババァーーン」って響くキャラクターの感情演出がいちいち大げさでウケた。

 

生きる (1952年)

もうセットだけでお腹一杯になれるくらいかっこいい。

花とアリス殺人事件」のカフェテリアのシーンはこの映画のオマージュだったんだね…。一つの画面を通して二つの系列の出来事が並行して進行していく手法、漫画にも影響を与えたんじゃないだろうか。小説では実現できない現象。

 

神々の深き欲望 (1968年)

現代日本における地方の土着生活を通して世界創生神話の再翻訳と多分現代社会批判を同時に成立させようとした意欲作、というか欲張り作?

実の妹との情事を指して「神様の真似事なんてできねえ」という台詞には目が覚まされる思いがした。

東西の神話の典型である人類の起源は一組の男女であったというフォーマット、そして神話の世界で頻繁に行われる近親相姦。それが世界の創造の為に特別に許された禁忌だとしたら。近親相姦によって生れ落ちる子供が何らかの欠落を持つのだとしたら、「最初の男女」の子孫たる人類は皆何かしらの点で狂っているのではないかという疑問。そして、禁忌を犯すことが罪であれば、残された子孫はその生をもって自分たちの父母が犯した罪を未来永劫に渡って贖いつづけているのだろうか。

作品内では離島に暮らす人々の独特の慣習、信仰が主要な登場人物に対する受難として描かれている。都会からやってきた会社員精神あふれるサラリーマンにもそれは降りかかる。

この映画では現代社会と原始的な自足自給社会を一元的な対立構造に捉えておらず、古くから続く風土や土着信仰を無垢で清浄な存在として扱っていない。むしろ島民の村社会を通じて現代社会の人びとが織りなす二元模様の不合理さ、政治の空疎さや集団心理の醜悪さを表現しようとしたのだろう。主役の太一家と技師に対してもそのフラットさは徹底しており、被害者的に描写される彼らですら醜く粗野で狂気をはらんだ弱い人物像が与えられている。

この映画には快活な登場人物というものが存在しない。フィクションにおける魅力あるキャラクター造形をあえて避けている。それがこの映画に対して観客が愛着を抱くことを拒んでしまっているのだが、神話における神や英雄が必ずしも典型的なヒロイズムを備えていないことと符合しているようにも思える。

しかし劇中の出来事や登場人物の不条理さや醜悪さが強調されたあまり、現代社会への批判的メッセージとしてはかなり冷静さと公平さに欠けてしまったように見受けられる。

 

楢山節考  (1958)

姥捨て山の慣習を映像化した作品。撮影が全てセット、音楽は浄瑠璃長唄、三味線のBGMで一貫しており、劇中歌の歌詞も直接的に画面の情景を歌ったものになっていることでスクリーンの中の世界が作り物であることを意識させられる。それにしても昔話・時代劇的な日本の田園風景と三味線のサウンドは必ずしもマッチしない。三味線の音色がしっくりきたのはラストの白骨が散乱する楢山のシーンくらいじゃないだろうか。

「神々の深き欲望」に引き続き、村社会の慣習とその中で暮らす個人の衝突、つまり集団と個の対立が描かれる。ただし楢山節考では「個」たる息子と母がヒューマニズムの象徴として捉えられている。

形骸化した慣習の不合理さ・集団心理の非情さと個人の対立というテーマは個人主義が当たり前になった今やっても古臭さしか感じられないだろうが、それが過去のものとして扱える分人間は進歩しているのかもしれない。

 

 

関係ないけど、DMMで半額セールになっている電書エロ漫画のラインナップが素晴らしすぎる。

大横山飴の「落ちない雨」は紙のも持っているけど買っちゃった。

きいろいたまご作品はもちろん、べろせの「べろまん」、佐骨の「フォトグラフ」、大塚麗華の「みだらぶ」も良い。勉強になった。ふたりがけごはんのヒロイン可愛すぎ。

 

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